映画『帰らない日曜日』(ネタバレあり)

 2022年5月27日(金)から公開。

 孤児のメイド、ジェーン(オデッサ・ヤング)は、雇い主の友人の子息ポール・シェリンガム(ジョシュ・オコナー)と、階級違いの関係を持っている。1924年のイギリスの「母の日(マザリング・サンデー)」、ジェーンはポールに呼び出され、二人きりの時間をすごした。彼は婚約者エマとの会食に出かけてゆき、残されたジェーンは裸のまま彼の屋敷を探索する。そして映画は、ジェーンの人生の時間を行きつ戻りつしながら、彼女が忘れられないあの一日を何度も回想し、作家としての想像力を花開かせていくさまを描き出していく。グレアム・スウィフトの小説『マザリング・サンデー』の映画化(原題は原作と同じ)。監督はエヴァ・ユッソン、脚本はアリス・バーチ。

 小説を翻案するにあたり、映画は女性の視点や能動性を強く意識して作られていると端々から感じた。原作でジェーンが主人の図書室から借りて読むのは「ライダー・ハガード、G・A・ヘンティー、R・M・バランタイン、スティーヴンソン、キプリング……」そしてコンラッド。当時の少年が読むような冒険小説が主で、いまの目で見れば植民地主義的、男性的とみなされるようなジャンルだ。第一次世界大戦で命を失ったお屋敷の跡取りたちが、子どもの頃に読んでいた本を、親たちは処分しがたくそのまま書棚に残していて、それをあとから来たメイドが読みふけり、自分の人生に踏み出していく――そんな図式になっていて、時代の移ろいが本に託されている。

 そして原作には、ジェーンから亡き息子たちの本を借りる許可を求められたニヴン氏が「彼女に字が読めること自体にびっくりしたのかもしれない」という表現もあった。これはまさに、1920年代に「読書するキッチンメイド」だった、お屋敷の図書室から本を借りたら「残念だけど、彼女、読むのよね、本を」と女主人に言われたというマーガレット・パウエルの回想を思わせる。そこへ映画独自の要素として、第二次世界大戦後、ジェーンはパートナーのドナルドから、フェミニズムの古典、ヴァージニア・ウルフの『自分だけの部屋』を贈られる。このタイトルは鑑賞後にも印象に残るもので、監督の力強い意志を感じる。



 ↑好きな場面。駅にいる外出着の女性たちが、ジェーンの目を通して一瞬だけ、みんなメイドの制服を着てかしずく姿に見える。彼女の想像力が発揮される瞬間を、映像ならではの表現で鮮やかに描いている。

 当時のメイドは、午前中はピンクや紫や水色などのコットンの制服に、飾り気のないキャップとエプロンをつけて汚れ仕事をし、午後になると、もっと上等な布地の制服、薄地にレースやリボンのついた装飾的な小さい帽子とエプロンに着替えて、主人や客の前に出るという習慣があった。この午後の制服はお決まりの黒にはじまり、時代が進むと「コーヒー色」や「えび茶色」など「おしゃれな色」の制服を主人から指定されたと回想している人もいる。『帰らない日曜日』のあの場面は、装飾と色がまちまちなところが、想像の場面らしいな、と感じた。

 ……とまあ、こんなようなことを、口頭でもすらすら筋道立てて話せればいいのですけど……。

 去る5月19日に『帰らない日曜日』都内試写会後トークショーに登壇してきました。聞いてくださった参加者の皆様、ありがとうございました。ご一緒した映画評論家・森直人さんの進め方が上手で、楽しくお話できました。

 私の本を読んでくださってるような方には大変おすすめの映画です。あと「ダウントン・アビー」ファンの皆さんにも。ぜひどうぞ。

 『帰らない日曜日』公式サイト

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